揺れ動く出来事が起こるたび 極と極を行き来してしまうなら

 

自分の人生が無駄だ、苦しい。

自分の人生は有益だ、楽しい。

揺れ動く出来事が起こるたびに極と極を行き来してしまう。

 

そんな相談をくれたクライアントさんがいました。

意味のない人生が脱力で、意味のある人生が収縮で、それは運動のようで呼吸のようでもありますね。

きつく収縮するためには一度脱力しないといけないから

意味のある人生に光を置き続けてしまうかぎり、意味のない人生という陰りからは逃れられないんです。

だから、

あ、これただの運動だな。

あ、私また極と極の呼吸をしてる。

一度ただそう感傷を突き放して、呆然と自分の状態をただ「みる」をしてみましょう。

 

これはたぶん外側にある誰かや何かの「せい」に強く囚われていると
力んで水に浮けないみたいにもがくことになり、強い苦しみが伴うと思います。

苦しみを手放せないのではなく、その重石を手放したくない自分がそこにいます。

あなたが深く深く沈んで苦しむのは、急浮上して思い切り息を吸うときの快感を得るために繰り返し自分にかしていることなのかもしれません。

自分の苦しみをドラマチックにせず、卑下しすぎることもなくただみる。

感傷を引き剥がす。

それは、そこ(◯○のせい)と自分を切り離す練習にもなります。

ポイントはただ「みる」。それ以上の行為はしないこと。

 

自分を痛めつけること、それも喜びや嬉しみと同じ刺激。

苦しみも私たちにとっては魅力なんです。

自罰傾向に自覚があって、なのにやめられないのは

自分を叩くことでエネルギーを使い果たして

使い果たす感覚そのものに安心を得る自分がいるからです。

 

煩悶と揺れ動き自体に利益を得てしまっているからやめられない。

自分を痛めつける→反省→無気力→元気になるパターンのループ

自分の中にないでしょうか。

 

 

気づいているし努力もしている

けれど変わらない

おいトキ!どういうことじゃーーー!!笑 って思う人は

 

まずね、

自分を責め殴る手を引っ込められていないんだと思うぞよ。

 

ただ見るんだぞよ。

苦しみもがく自分から手を引っ込めるために「ダメ!」と自分を責める感情をブレーキにしてしまうと、ループから抜けられないので、

それにもストップをかける。

自分を殴るだけだからほっといてくれや、って思う?

いやいや、内側を殴る手は必ず外側に向くんです。

自分と世界を殴り続けちゃいけないぜ。

 

思考回路がグルグルして抜けられない!!

そんな時こそ呼吸が止まり気味なので深呼吸してリラックス〜♫

 

今は土用期間で土の気が活性化しているので

まずは肩の力を抜いてさ、目をつぶって身体を感じてみるのもいいよー🧘‍♀️

 

 

 

ABOUTこの記事をかいた人

精神世界の学びが大好きで、日々全力投球中! 自己認識研究オタクセラピスト。 精神、ボディ、みえないエネルギーのバランスを追及しています。